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プロダクションは、アーティストの人生を背負っている

こんにちは、阿部です。
私は、大手メジャーレーベルと大手アーティストプロダクションを兼務し十数年音楽業界に関わらせて頂き、
多くの稀な経験とその中から音楽活動の本質を学ばせて頂きました。

レーベルの目的とプロダクションの目的、そして相反する利害関係など多くを学ぶ事が出来ました。
そして、その経験をもとに現在音楽関係に従事している多くの関係者やアーティストの方々へ
私の経験が少しでもお役に立つ事が出来ればと思いこのような記事を書かせて頂いています。
今回は、「プロダクションは、アーティストの人生を背負っている」ということについてお話をさせて頂きました。

結構、意外とプロダクションというのは人の人生を預かっている意識が低いことも多いのですよね。
それを避けるためには、やはり自分自身で知識を身につけて、自分を守っていかないといけないし、
業界側は、もっと人の人生を預かっていることを自覚したほうがいいとも思っています。

では、「プロダクションは、アーティストの人生を背負っている」とは、どんな意味が含まれているのか?
そして「人生を預けているアーティスト」の気持ちを代弁させてもらっています。
そして、問題を解決するに今後の取り組むべきことなどもお話をさせていただいています。

この記事は、

*音楽活動をされているアーティストの方
*音楽アーティストをマネジメントされているプロダクションの方
*音楽業界を知りたいアーティスト及びマネジメントの方
*音楽レーベルやプロダクションの新入社員や駆け出しのスタッフの方

などに向けてお話をさせていただいています。

アーティストは「商品」である。しかし、その前に「人」であるということ。
音楽ビジネスは、アーティストという「商品」でビジネスを行っている。
決して悪い事ではない。どのビジネスも商品を売って成立させているのだから、しかし、あまりにもビジネスに偏り寄り過ぎてしまうと本来の目的と違ってくるのではないかと思う。

しかし、人が人へ何かを提案しこと進めるということは、その人の人生を左右することになる。
その結果、良くも悪くも責任を取るのはプロダクションやマネージャーではなく、すべてアーティストが責任を取り事になることだと知っているのだろうか?

「売れなくなったらさようなら」ではない、その道を進めたのはプロダクションであり、マネージャーでもある。アーティストは、その提案を受け入れたに過ぎない。言われたことを信じその道を走ってきた。

単なるモノという「商品」では変えが効くが、「人」というものには変えが効かない。
モノという「商品」は生産をやめれば済む事であるが、人の人生を止めるわけには行かない。
使い捨てではないのです。ひとつの判断でその「人」の人生を変えてしまう事がある。
その「鍵」を握っているのがプロダクションでありマネージャーであるのだと思っている。

プロダクション?マネージャーって人の人生を預かっているという事を理解しているだろうか?
「売れた」「売れない」という「商品価値」だけで判断してはいないだろうか?
しかし、それも提示したのはプロダクションであり、マネージャーであるにもかかわらず。

失敗は誰にでもあることであり、その経験からさらなる高みを求めで前に進むことだと思う
「売れなくなったから」という事で縁を切るのではなく、「生涯面倒を見る」心構えで向き合わなければいけないと。

「人と人」が共に築き上げるものがアーティストになるのではないでしょうか?
そして、築き挙げられたアーティストが「商品」となりビジネスを生んでいくのです。

「人と人」とは、「アーティストという原石の人であり、それを磨き輝かせるビジネスマンという人」だという事です。
互いが共鳴しあい奏でるものが音楽ビジネスなのです。

どちらが偉い、偉くない。という上下関係ではなく、どちらも健全に存在していなければいけない。
売るものがなければビジネスにはならない。売り手がいなければビジネスは成立しない。
そう考えるとアーティストはクライアントになるのかもしれない、そしてプロダクションもアーティスオとから見ればクライアントなのかもしれない。そして、互いに補完し埋め合う事で健全な関係が築かれアーティストの価値を最大限引き出し、ビジネスチャンスを切り開き、そして永きに渡りファンに貢献するものだと。

それって良きパートナーなのだという事ではないでしょうか?

意外とアーティストはプロダクションに任せれば大丈夫だと思っていることが多いのではないかと思いますが、
しかし、任せているわけではないのですよね。任せなければいけない立場になってしまいっているのですよね。

大人の言われたことを、一生懸命にやろうとしている

やっと掴んだプロダクション所属、そしてレーベル契約。これで晴れの舞台に上がれる。
より多くの方に音楽を届けることが出来る「夢」が叶うと。。。

アーティストは、それを離したくはないのです。

アーティストは、音楽を通じて伝えたい思いを表現している。
音楽を通じてしか表現が出来ない。そしてそのことで自分の存在を確かめているのかも知れない。
音楽一筋、音楽バカ!と言われればそれまでかも知れない。

そしてもっと多くの消費者へ届けたい。そのためにはプロダクションに入って、レーベルと契約をしたいと夢を描いている。
「夢追い人」なのです。

プロと組む事で叶う「夢」がある。

「夢追い人」アーティストはなぜ、プロダクションやレーベルと契約をしたがるのか?
それは、「アーティストをさらに大きな舞台へと押し上げてくれる」と思っている。
そして、それに長けているプロ集団だと思っているからこそその力を求めているのです。

プロダクションやマネージャー、音楽レーベルは原石を磨くプロです。
原石を磨き素敵な「アーティスト」へと築くプロだとアーティストには思われているのですよね。
しかし、「素敵なアーティストではなく、素敵な商品を築くプロなのですが?」

そのためにアーティストは、こう思っていると思います。
「言われたことをしっかりやっていれば夢が叶う」と。

そのために提示された事を一生懸命に応える事でその道は開けると思っている。
そして言われたこと以上の成果を残そうと奮闘しているのです。

アーティストは、プロダクションやマネージャー、音楽レーベルの人たちを信用する事でしかできないのです。
ついていかなければいけないと思っているのです。
プロダクションの描いた計画を信用しているわけではないのです。
アーティストが叶えたい「夢」がそれに従えば「叶う」と思っているからこそ大人のプロのいう事を真摯に受け止め一生懸命にやろうとしているのです。

まして、未成年の子供たちを扱うようなことだともっと大変というか責任は重いですね。
社会経験などない子供たち大人のいうことが全て。疑問に思う余地などあるわけもなく
ただ、ひたすらに言われたことをこなします。「夢」を掴むために。

その思いを応えるためにプロダクションやマネージャーは存在しています。
プロとして信用され、そしてプロの意見を真摯に受け入れているアーティストの気持ちを
叶えるのがプロと言われるものです。

いい加減とは思って関わっている人はだけひとりいませんが、
「ダイヤの原石を磨くプロ」という認識、いや自分自身の自負は持ち合わせておきたいですね。

アーティストは音楽業界については素人なのです。

アーティストは、音楽ビジネスの素人であるということ。
音楽一筋で音楽を奏で続けたことで今がある、音楽を奏でることはできるがそれをさらに大きくする手法など
知るわけもないのです。

アーティスト達は「音楽業界」「音楽関係者」という言葉に敏感です。
やっとチャンスが来たか?と思ってしまいます。しかし、それがどんな集団か?人かもわからずに!当たり前ですよね。
その知識、経験がないからこそ「音楽業界」「音楽関係者」というプロから言われたことが全て正しいという判断をしてしまうことですよね。

このことによって、アーティストは言われたことを一生懸命にこなさなければいけない、応えなければいけないと思ってしまう。
何が正しく、何が違うのか?などわかるわけもありません。言われたことが「正しい」と思うしかないのです。
選択の余地はないのです。

その上で、アーティストは自身に付く担当のレベルすらわかっていないという事です。
アーティストから見れば皆一流のプロと見なします。
マネージャーやレーベル担当の過去の実績で判断するのですが、
実際の実績の内容までわかるわけがありません。

有名アーティストの実績を見せれば「すごい」と思いますよね。
しかし、その実績の内容がチーフマネージャーなのが運転手なのか?わかりません。
担当の名刺にもそんな細かい事は描いてもありませんよね。
ただの字面を見て判断するしかないのです。

そのアーティストの思いに応えるには、それなりのスキルや経験を持ち合わせていなければいけない事を理解させなければいけないのですが、アーティストは、それを理解できる知識は持っていないのですよね。

その知識を知らないということ、知らないが故に反論がないということを逆にプロダクションやマネージャーは、
アーティストが理解をしたとみなし進めて行くのです。これが、のちに問題になる火種かもしれませんね。

アーティストは、音楽には長けているけど音楽業界、業界ルールには長けているわけではなく単なる素人なのです。
その部分では対等ではないのです。
プロダクションやマネージャーは、その差をも埋めることも教えていく。教育していくことが求められているということです。
悪くいうと素人相手に騙し討ちをしてはいけないです。

しかし、最近ではそれが逆転してきていますね。
SNSの発達によって個人が情報を気軽に届けることが可能になってきています。
Instagram、Twitter、FACEBOOK、YOUTUBEなど多くの媒体が活用されています。

そして、このツールを活用して様々なアーティストが脚光を浴びメジャーで活躍するようになってきています。
今、プロダクションやマネージャー、レーベルがこの動きについてこれなくなってきています。
個人が自力で有名になる時代。そしてそれにいち早く声をかけたプロダクションやレーベルが優位な立場に立っているかのようになっていますがわかりますか?
アーティストは、「音楽業界では素人」かも知れませんが「プロモーション」においてはプロになっているということです。
そして「音楽業界のプロ」が「プロモーション」において「素人」になっているということです。

これは大きな転換期ですよね。プロが本業の原石を磨くプロではなくなってきているということです。
単に仲買人になっているということですよね。しかし、面白いことにそれには気がついていないのです。昔のままでいるということです。昔のとった杵柄を今も誇らしげに語っているのです。

このことに気がつきアーティストからも学び、時代についても学ぶことをしなければ唯一の強みでもある「原石を磨く」存在から消えてしまうのではないでしょうか?

アーティストは本当のことが言えない。

「嫌われたら」という気持ちが先に立つ。
自分の事よりも、相手を不機嫌にしたらいけないと思ってしまう。
なぜならば、今の状況や環境を壊したくない。今よりももっと力を注いでもらいたいと思っている。
その上で昔の状況に戻りたくないという気持ちが脳裏をかすめるのだと思うのではでしょうか?
1人で活動していた時を思い出し、折角得たチャンスを手放したくない。
その気持ちがアーティストに言わせない状況をつくらせているのかも知れません。

弱者と強者という立場

なぜか?所属してしまうと何か「自分のもの的」な意識が芽生えるのか?それとも、商品という名のもの「自分が売ってあげる」的に思ってしまうのか?上から目線が多いことが目につく。所属させている方が偉く、所属されている方は弱いみたいなイメージが作り出されてしまう。

プロダクションやマネージャー、レーベルは強者であり、アーティストは弱者なのか?
本当の事が言えないという事は、そこには何かしらの確執があるのではないでしょうか?

それは、所属や契約を行う前に始まっているのです。
アーティストがプロダクションやレーベルと出会い所属・契約をするまでの会話ってどんなイメージが思い浮かびますか?

プロダクションやレーベルがアーティストに対して「一緒にやらせてください」というお願いから始まるでしょうか?
同じ意味だとしてもこんな感じではないでしょうか?「一緒にやならい」意味は同じでもこの言葉で上下関係か決まってしまう印象を与えます。

「一緒にやらせてください」は、お願い事です。言い出した方が下みたいな感じですよね。
逆に「一緒にやらない」というのは、誘い文句に聞こえますよね。誘っているという事です。
そして、アーティストはこう答えます。「よろしくお願いします」と。

言い方を変えると「売ってやる」ということでしょうか?「やってあげている」という。
そして「お願いします」という言葉で完全プロダクションやレーベルに依存しているということです。
この時点で主導権=強者がプロダクション、レーベル側に渡っているんですよね。

そのために本当のことが言えなくなってしまうのかも?「お願いしている身」だから
この言葉は言ってしまうと「嫌われてしまう」「嫌な思いをさせてしまう」という相手の気持ちを先に考えてしまい、そして、その後のネガティブなイメージが言葉を詰まらせる。

しかし、当のプロダクションやレーベルなどは、そんなことは気にせず「承諾」をもらったと思い前に進めるのですよね。
そして徐々に禍根が残ることとは知らずに。

このような言葉尻だけで互いの立場を作るのではなく。立場は一緒。
しかし、本当の事が言えないというのは、お互いが信頼しきれていないか?信用されていないのか?それとも誤解を生んでしまっているのか?ということ、そしてアーティストの本心を理解していないのかもしれない。プロダクションはプロダクションでそうならないように気をつけているのかもしれないが結局「我慢」をさせてしまっているのかな?

「意見」という意味の捉え方で摩擦が生まれる。

「意見」とは、ある事柄に対する本人の主張や考え、心に思う事を述べる。とあります。
また、意見が分かれるというときにも使われるために過ちをいさめることともとれるわけですね。
この「意見」の意味を取り違えてしまうと厄介なのです。

アーティストは、自分が思っていることや確認したいことについて聞いているつもりが、相手にとっては「意見」=「反論」に捉えられてしまうことがあるのです。そのために、意見を言いづらいと思ってしまうために本当のことを言わない。
表面的な大まかなことは言ったとしても本心は言わないということです。

アーティストは「売れる」ことが目的ですので多少の我慢をし、従っていればそこへ連れて行ってくれるのだと思い言葉少なくなります。売れるときを待ちますね。(笑)

これは、最初から発生することではなく、何度かのこのような経験を踏まえて生じるものですが、一歩通行の提案がこのようなことを生んでしまうのです。

「良かれと思っているものが、実は的を外している」ということです。
アーティストに、そのこと自体の価値を理解させていないということかも知れません。
誰もがアーティストをよくしようと思っています。アーティストをダメにするなどと思っているわけは有りませんよね。
しかし、理解を得ていないために「会話」にならないのです。「意見」という相反する状況になってしまうということですね。

そして、「折角いい話を持ってきたのに」という感情がプロダクション、マネージャー側には生まれてしまうものなのです。
これがまた厄介な感情ではあるのですが、しかし、この摩擦を生む理由を解決しないまま進むことは出来ません。
解決しなければもっと悪循環を生んでしまいます。それにはコミュニケーションが必要ということです。

コミュニケーションをとることによってアーティストの言葉にしない言葉がわかりその気持ちを汲むことができます。
その積み重ねですかね。そして、本音を知っていくのです。
しかし、アーティストのやりたいことだけを提案するということでは有りません。
目的を達成するためには必要な道だということを互いに理解し話をするということです。

でも、こうなるのです。

「伝えた」のと「理解させる」とは違う意味。

「伝える」ということは、 自分の考えや誰かに言われたことを、一方的に受け渡す「行為」のことで主語は「自分」です。
一方向のコミュニケーションのため、相手がそれをちゃんと受けとったかどうかは関係がないという。
そして、「理解する」とは、内容、意味などがわかること。他人の気持や物事の意味などを受けとること。
相手の気持や立場に立って思いやることとあります。
要は一方的ではなく、双方的ということですね。互いが認識したということですね。

これは、結構往々にしてあることです。
「意見」という意味の捉え方で摩擦が生まれる。ということも基本はこれが発端である場合が多いですね。

言語の違いから生まれる。認識のズレ!

「プロダクションとアーティスト」言葉を変えると「プロと素人」ということになります。
もっと言えば「30歳の大人と10歳の子供」といえばもっとわかりやすですかね。

このひらきがあることを忘れで話をするということです。
確かに、見た目は皆大人ですから大人として会話を対応しますよね。
しかし、それは「見た目」はそうですが音楽業界のプロと音楽業界の素人では話が違ってきます。
しかし、皆そう扱ってしまうことで認識にズレが生じてしまいまとまる話もまとまらなくなるのです。
決して業界の専門用語を使っているということではありません。
一般的な会話だとしてもその人の今までの経験を考慮して話をしなければいけないのです。

皆、良かれと思って良い話を持って行きますがそれがアーティストに理解されなければ単に伝えただけの話で終わってしまいます。そして「そんな話だと思わなかった」と言われるのです。
「いや、ちゃんと話したでしょ」という反論になり収集がつかなくなることも多々ありますね。
結局、アーティストが「ワガママ」というレッテルが貼られるのです。
レッテルの貼るのはプロダクションやマネージャー側なのですか?
このようなことも含めてアーティストを教育していくことも大切な役割だと思っています。

こうなる原因は「言語を噛み砕いていない」ということです。アーティストが理解できる言語に変換していないのですね。
これはプロダクションやマネージャーの役目になりますが、皆、同じ目線で同じ大人と話をするという意識を無くさなければいけませんね。人それぞれですからそのアーティストにあった説明や話し方をしなければいけません。

目的は「伝える」ことではなく「理解する」そして行動に移させることが「目的」なのです。
多くは「伝える」ことが目的になってしまい、「理解している」という勝手な認識になってしまうのです。
しかし、この状況が続くのです解決しないで進んでいくのですよね。

なぜか?「ワガママ」という一言でかたずけてしまうのです。その「ワガママ」という言葉が一人歩きし今度は「ワガママ」に対処する話かたをするようになるのです。
そうなると良い案件が来ても「ワガママ」に対処する話し方が出来るか?説明出来るか?という別の観点で良い話しを受け取るようになっていくのです。こうなるもう目的が別のところになっていますよね。判断が鈍ってきます。

そうなるとアーティストの価値が止まって行きます。安易にやりやすい、進めやすい案件ばかりで進める状況になりますのです。新しいことへのチャレンジがなくなるということです。もったいない話しに向かって行ってしまうのです。

例えば「30歳の大人と10歳の子供」の会話って大人の言語や阿吽で進めないですよね。
それと一緒なのです。「火は熱いから触らないでね」といっても「熱いがわからなければ」触りますね。
「火に触ると触るところがとでも痛くなるよ」といえば少しは理解するかもしれませんね。

アーティストの「売れる」と大人の「売れる」という意味の違い

アーティストの「売れる」という認識とプロダクションやレーベルが「売れる」という認識には大きな違いがあるのを知っていますか?
アーティストの「売れる」という認識は、「大きな会場で歌いたい。」とか「チャート1位を取りたいとか」「紅白に出たい」とか気持ち的な「売れる」を思っていると思います。要は、イメージなのですよね。

方やプロダクションやレーベルの「売れる」は、売上ですね。「どれくらいCDが売れたとか」「どれぐらい印税が入るのか」など収入に重きを置きます。実利ですかね。当たり前ですが。
結局は、同じことではあるのです。「売れる」はどれくらいの「ファン」を生み出すことが出来るかということですから、

どのプロダクションもレーベルもアーティストの年間計画というものを作ります。
アーティストが、この1年どのような活動を行って行くのかという地図ですね。
そして、その計画を持ってアーティストを動かして行くわけです。もちろんその活動はアーティストも理解しての上ですが、
そして、活動計画ともう1枚事業計画という収支をプロダクションやレーベルは作ります。要は年間の売上目標ですね。
この2つ計画を持って進めて行くのです。

この事業計画=収支表はアーティストに見せるのか?という質問が出るかと思いますがこれはアーティストによってケースバイケースですが、まずアーティストは興味を示しません。理解しません。なぜか?アーティストは「売上」を作るために音楽活動をしているという認識がありません。アーティシトは多くの方に音楽を伝え、大きな会場でコンサートをしたいと考えているからです。

ですのでアーティストには活動計画を軸にアーティストと話をし、そしてプロダクションは活動計画と事業計画(収支計画)の2枚を持って活動に専念をします。

この2枚のバランスが大変難しいのですね。
まぁ〜計画通りにはいかないのです。その都度その都度見直し軌道修正していくのですが、この見直しが肝です。
アーティストの価値の向上の見直しか、収支の見直しかで変わってくるのです。

うまくいっているアーティストであれば問題はありません。
しかし、うまくいっていないアーティストになると優先させるのか事業計画(収支計画)になって行きます。
そして、本来、アーティストの価値を伸ばしそして対価に変えていくのですが、売上重視をしてしまうと価値を向上させる前に今の価値でビジネスをしようとするのですよね。

これが問題なのです。よくマネタイズに苦戦している話を聞きましが、その場合はこのような考え方になっているのです。
「今すぐに、、、」と

そもそもアーティストの活動計画を作成することが最初にきます。
その計画がうまくいっていないのであればその計画を見直しべきなのですが、違うのです。
いかに売上を作るかにシフトしてしまうのです。

こうなるとアーティストは気の進まないことでも「やって」と言われます。
やらなければご機嫌を損ねてしまうと思い従ってやるのですが、ここから悪循環が生まれてきます。
音楽活動が全てマネタイズを軸に展開されていくわけです。

「ファン」がそんなにいるわけでもない。そうなると「損して得を取れ」という思考ならずに新規のファン獲得の活動をすることが少なくなって行きのですね。ということは「新規のファン」が増えないということです。

そして、採算が合わない、維持できない。とアーティストは言われ音楽活動が失われて行くのです。
そもそもその計画を作成したのはアーティストではなくプロダクションやマネージャー、レーベルです。
その計画がうまくいかないからこのような結果が生まれているにもかかわらずしわ寄せはアーティストへくるのです。
そして音楽活動に費やした時間が失われて良い思い出として残るだけなのですね。

マネージャーって何者?

プロダクションやマネージャーが「原石を磨き、アーティストの価値を加えビジネスを行うプロ」のだとすれば、プロダクションやマネージャーはいわゆる手腕ビジネスマンだということになるのでしょうか?

ビジネスとは、「商品」を「消費者」へ「販売」をして利益を求めるものであり。その利益を求めるためには「良い商品」「消費者が必要とする商品」を創出するということですよね。
言葉を変えるならプロダクションもマネージャーは「エリートビジネスマン」であるということ。そして「商品を売る」ということに長けていなければいけないということです。

では、現場で指揮をとるマネージャーはビジネスにおいてのスキルはどれほど持ち合わせているのでしょうか?
MBAなどの資格など持ち合わせているのですかね?まぁ〜資格はなくても問題ないのですが私も持っていません。

音楽業界のマネージャーとは、アーティストのマネジメント業務を遂行する人を「マネージャー」と呼びます。

マネジメントを調べると「管理」「経営」という意味を持つ言葉で、組織において目標を設定し、その目標を達成するために、組織の限りある資源を効率的に活用することを指しています。それを行っていくのがマネージャーという事です。

マネージャーは、自社の「アーティスト」という商品をどう売り込み、利益を上げるために対外交渉、契約、企画立案、アーティストの身辺管理などしていくという事です。

アーティストが作り出すものへさらに価値をつけ、商品化しそして消費者へ届け購買へつなげるといった一連のプロセスとしての能力とアーティストを含めたチームを管理する事が求められるのです。これは、最低限の基礎能力とでもいうのでしょうか?
この各所においてスペシャリストであるべきなのです。

しかし、どうでしょうか?

エリートビジネスマンたる知識を持っているのでしょうか?
必要としている消費者を探し、ターゲットとなる市場を見つけ、そしてその市場が反応する仕掛けを作り出しているでしょうか?
市場の動向を敏感に察し、リアルなプロモーション活動とソーシャルメディアなどを多様化させ価値を生んでいるのでしょうか?

単に、言われた情報をスケジュールに書き留めている。アーティストの送迎を行い現場に送り届ける。
そして、1日がうまくいくことを願っている。ことがマネージャー業とは思っていないでしょうか?価値をつけずに「今を見て」マネタイズしていないでしょうか?

ビジネスマンであれば、ビジネスに精通していなければいけません。
その上で初めてアーティストと対等に話ができるのだと思います。互いが専門分野に特化し互いの溝を埋めていくのです。
足りたいところを補っていくのです。

契約という恐怖

契約書で怖いのが「拘束力」とだということです。契約書というものは大切ではありますが最も重要なことはこの「拘束力」という中身の行動規範になるのです。

契約書とは、ドラマでいう「遠山の金さん」に出てくる「印籠」です。(*ちょっと古いですかね)
プロダクションの最後の切り札というこうことです。
この切り札が出てくるということは「問題が生じている」ということです。
うまくいっていないということですね。そして、拘束力が生まれるのです。

しかし、この契約書に記載されている内容及び内容の行動規範がお互い同じレベルで共有=認識されているでしょうか?
ここに問題がありますね。
アーティストとプロダクションやマネージャーとの認識のズレがあるのです。
先ほども言いましたがアーティストとビジネスマンでは言語の捉え方が違います。
ビジネスマンは、アーティストより広範囲に言語を拡張し捉えることができます。
まぁ〜例えるなら「囚われたカゴの中の鳥」ですかね。

アーティストが何か言うとするならば「契約書」という印籠をちらつかせることもしばしばですね。
「それは、ちょっと出来ない契約書に書かれている」みたいなことです。
また、「契約書に書いてあるからやってもらわなければ困る」みたいなことも。
何をいっても「契約書に従うべき」ということになってしまうと悪循環ですね。
契約書を振りかざし「俺は偉いんだ」みたいなこうなると互いの信頼関係などなくなります。
アーティストは、やらされている状況になるわけです。
そして、アーティストのストレスの一つでもある。「なんにも出来ない!」と

この契約書=拘束力が、プロダクションを強者にし、アーティストを弱者にしているのかもしれません。

しかし、アーティストにとってまた、ビジネスマンのとって有益なことであればどう実行できるかを考えなくてはいけないこともあります。あまり契約書内容に偏ってしまうと有益なことでもできなくなってします。まして、考えること自体もしなくなっていくのです。決して契約を破れということを話しているわけではありません。
有益なことを実行に移すことが出来れば互いにとって好ましいことではないでしょうか?

このようにお互いの思いが一致し好循環の関係が出来ればいいのですが、

契約書いう印籠を持つことによって、プロダクションやマネージャーが強者になる。
そして、「俺のいうことを聞いていれば大丈夫」みたいな人に自分の人生を預けなくてはいけないくなるのです。
「契約書」というもので自身の人生を「拘束」されてしまうのです。

しかし、すべてのプロダクションがそうだと言っているわけではありません。
逆にアーティストの人生を預かっているという意識の高いプロダクションから学んだことが私の判断の基準でもあるのです。

大手プロダクションから学んだマネジメトとは、

今、大手プロダクションからアーティストやタレント、役者などの離職が増えていますね。
それはそれで起業家精神とでも言うのでしょうか?悪いことではありません。
今の時代なのかもしれません。エンタメベンチャーみたいですね。

しかし、私の学んだプロダクションとは、そのプロダクションのトップが所属しているアーティストなどの人生を一生面倒を見る!という考え方というか姿勢を学ばせてもらいました。
ある時に脚光を浴び一躍有名にはなったもののその後は苦労をしているアーティストなども中にはいますが、決して契約解除などなく、所属させているのです。
所属は、固定給などもちろん発生しています。仕事がない中でも養って行っているのです。

なぜか?自分なりの考え方で2つのことが想定できます。

1、継続していればチャンスが来る。
2、大人の責任

この2つですかね。ちょっと説明していきますね。

1つ目の「継続していればチャンスが来る」ということです。
所属させるとは、プロダクションが原石を見つけ、そして磨き輝かせる。
そして、商品を創出しビジネスを行うことになりますよね。

その最初の段階で見分ける「目利き」が重要になるわけですが、それって自分の目や感を信じることでもあります。
「こいつはいける」「化けるかも」などということです。
そして、今もなお思い続いているということです。「ダイヤの原石は、ダイヤ」なのです。

市場の変化でくすんでいるのかも知れない。時代についていけていないのかも知れない。と不安になることもしばしばあると思いますが、見切っていないのです。チャンスを伺っているのですね。自分の目利きを今でも信じて諦めていないということです。
そして、それを維持していくことは他のアーティストを売らなければいけないのです。
これが、プロダクションという循環なのだと。このアーティストが多ければ多いほど可能性が生まれてきます。
チャンスを得る機会を待つことができるのです。
プロダクションには、それぞれの考え方はあります。しかし私が学ばせていただいた数少ない老舗プロダクションではこの循環なのです。

2つ目は、「大人の責任」です。
良い時も悪い時も時を共に歩んできた。そしてその結果があるとすれば、それは「大人の責任」=「プロダクションの責任」だと思っているのだと思います。子供は、大人の意見を聞き、一生懸命にそれに応えようと活動してきた。その結果責任を負っているのだと思いますね。売上がないからと言って切り捨てはしないのです。

商品ではなく、人として向き合っているのです。

古い考え方と言われればそうかも知れませんが、でもそのような関係が最も重要だと思っていますし大切なことだと私は思っています。

アーティストは「商品」です、しかし、商品の前には「人」であるのです。

この言葉は、これら老舗プロダクションの方々に学ばせていただいた自分なりの思いになっているのかも知れません。

しかし、どちらにせよアーティストはアーティスト自身の人生をコントロールできる立場にいることに越したことは有りませんよね。そのためにもアーティストの心構えというか?私の経験からいくつかのポイントをお伝えしておきたいと思います。

アーティストも知識を持つということ。

音楽アーティストは、良い音楽を奏でれば良い。ビジネスなんて?と思っているかもしれません。
しかし、音楽一筋ではいけないということです。
音楽を広げるためのプロモーション計画や商品を売るために必要なマーケティング知識を知らなければいけないということです。また、拘束されたくなければ契約書に書かれている言葉の意味や活動範囲を知ることが求められます。

プロモーション、マーケティング、契約書など堅苦しいと思うかも知れません、
しかし、言い方を変えると「自分自身を守る」ことにもなるのです。
自己防衛というものかも知れません。また、自分の人生を自身でコントロールするということです。
他人に任せる人生ではなく、自分の人生を自身でコントロールするためにでもあるのです。

では、どうやってそれらを学んでいけばいいのでしょうか?
それは、書店へ言って宣伝の教科書やビジネス書やマーケティングの本を買い漁れば良いのでしょうか?
音楽セミナーに参加して傍聴すれば良いのでしょか?それとも専門学校などに通うことなのでしょうか?

いいえそうではありません。

多くの数あるなかから最適なものを選ぶのも大変なものです。読んだからと言ってすぐに身につくものでもありません。
そんな時間があれば音楽をしていたいですよね。

最も簡単な方法としては「聞く」ということです。どんな直面であろうとわからないことがあれば「聞く」のです。
そして、自身が理解する。ということです。
わからない言葉があれば、その言葉の意味を「聞く」そしてそれがどのような活動になるのかを「聞く」そしてその結果何を得ることが出来るのかを「聞く」のです。

プロモーションやビジネスには常に「流れ」があります。
「これをやることで、こうなる。そして、その結果こうなる。そうするとこれが達成出来る」みたいな小説のような物語ストーリーになっているのです。その物語「流れ」を理解するということです。いや理解ではないですね。
自身が「納得する」ということです。腹に落ちる=腑に落ちるということです。

納得することで進むべきものがさらに明確に見えてきます。
自身が行っている音楽活動ひとつひとつの意味を理解していくのです。

しかし、冒頭でアーティストは言えない、聞けないという問題を投げさせてもらいましたが
しかし、「聞く」しかないのです。相手を気にして「聞く」ことをしなければ相手に依存してしまうのです。
弱者になってしまうのです。

逆に素人だから「聞ける」のです。素人という立場を利用して「聞く」ことが出来るのです。
そして、もしその時に先方が説明出来なければそのレベルです。面倒な仕草でも見せたらその人物はアーティストを「人」ではなく「商品」としてみているのです。そして、もしそんな場面に出くわしてしまった時などは「ちょっとトイレを貸してください」と言ってそのまま立ち去ってしまいましょう。

アーティストはクライアントだということ

クライアントのそもそもの意味は「顧客」ですが、現在様々な意味で使われていますね。
顧客や依頼人、取引先といった意味で用いられますが、クライアントとは、業務を依頼してくる「顧客」であるということです。

これを音楽アーティストとプロダクションに例えると、音楽アーティストは業務を依頼してくる顧客だということです。
「私の音楽でビジネスをしませんか?」ということですね。
「私をもっと有名にしてくれませんか?」
「私というアーティストを磨きませんか?」という依頼をしてきているのです。

この依頼において「磨き屋のビジネスマン」がどう対応出来るのか?
磨き切れることが出来るのか=ビジネスが出来るのかという目利きをしなくてはいけません。
そして、依頼を受ける場合、依頼人に対しての依頼の流れ=プロセスを説明する責任も生まれます。
こう考えるとお互い対等の立場!五分と五分という感じに見えませんか?
この関係というか認識が一番好ましいのではないかと考えていますね。

わからないことがあれば「聞く」=「聞ける」
「聞かれた」方は相手が「理解」=「納得」出来るように説明をすることが生まれます。
自然の流れができていけるということでしょうか?

しかし、ここで問題が「所属」という意味です。この言葉が多くを邪魔しているのかも知れませんね。
「所属」をすることで発生する「契約書」という「拘束力」。そして、「契約書という印籠」を持つことで生まれる「強者と弱者」多くはそんなこと思っているわけではないですよ。しかし結果そうなる可能性があるということです。

そして、ここ最近よく耳する言葉があります。「エージェント」という言葉ですね。
エージェント (Agent)とは、本人から委任あるいは授権された代理権限の範囲内で、本人に代わって業務を行うモノを指します。海外では基本「エージェント制」が主流というかこの形態ですね。この「エージェント制」というモノだと互いが常にイーブン=対等な関係を構築出来るのではないでしょうか?なせなら「パートナー」という意識があるからなのです。

ビジネスパートナーという考え方。

パートナーとは、「共同で仕事をする相手」ということです。
アーティストとプロダクションは「ビジネス」を行っていくわけでありますので
ビジネスパートナーという言い方がふさわしいかもしれませんね。

ビジネスパートナーとは、明確な定義があるわけではありませんが、「ビジネス上の目的や目標を果たすために、協同して取り組む関係にある人や企業」と捉えることができます。
つまり、ビジネス上のプロジェクトや企画、開発、販売等々を組織は違えど共にやっていく関係にある存在のことを、「ビジネスパートナー」と呼ぶということです。
これは結構すっきりする言葉ではないでしょうか?

「強者も弱者」もいません。拘束力も無くなります。(最低の条件はあるものの)
互いがイーブンであり平等ですね。そして、互いが長所や短所を補いつつ進めていく。
一つの目標、目的を達成するために共に歩んでいくという共同体になるということです。

このエージェント制やビジネスパートナーという考え方がまだ音楽業界では浸透はされていませんが、
だからと言ってやってはいけないということではないのです。

もちろん、所属というものも決してダメではありません。大きな安心ができるものでもあります。
そのアーティストによって全てが所属という考え方をしなくても良いということです。
いろいろなやり方があるということです。その中で自身にあった道をねらんでいけばいいのです。
自分の人生は自分でコントロール出来る状況は残していきたいですね。

そして、プロダクションは、アーティストの人生を背負っている。その重さを感じアーティストを真摯に向き合うことで大きなビジネスチャンスにもつながっていくのだと思います。・

私は音楽ビジネスをオンラインで学べる「BizMu(ミュージック・ビジネス・アカデミー)」を主宰しています。今まで音楽業界で経験した実績や経験で得たノウハウ、また、これからの時代の音楽活動に必要なスキルなどをお伝えしいます。

BizMuでの講座を学ぶことによって音楽活動本来の意味を知り、継続出来る音楽活動をはじめマネタイズの仕組み作りやファン獲得など音楽アーティストに欠かせない活動内容を学ぶ事が出来ます。そして今までの音楽活動がさらに充実のあるものへ変わるものだと考えています。

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